大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10409号 判決

原告 高田求

被告 国

訴訟代理人 朝山崇 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訟訴費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告がその主張のとおり昭和二七年五月一日皇居外苑内外において発生したいわゆるメーデー事件の騒擾助勢の被疑者として同月八日逮捕、同月一一日勾留されたうえ、勾留のまま原告主張の公訴事実により同年二九日東京地方検察庁検察官岡寄格により東京地方裁判所に起訴されたこと、同年一二月二七日保釈されるまでの間ひきつづき勾留されていたこと、同裁判所刑事第一一部で本件メーデー事件で起訴された共同被告人と併合審理されていたところ、昭和四〇年一一月一五日原告に対し無罪の言渡しがあり、控訴なく同判決が確定したことは、当事者間に争いがない。

そして、いわゆるメーデー事件は、おおむね反政府反米的思想感清において共通し警察官その他に対し反感ないし敵対感惰を抱いていた学生その他が惹起したものとして関係者らが東京地方裁判所で騒擾罪として有罪判決を受けたことは、社会一般に明らかなところである。したがつて警察官および検察官が同事件を騒擾事件と考えて措置したことには、なんら過失はなかつたと認められる。

二、原告は「訴追官が被疑事実を疑うに足りる合理的な根拠なくして原告を逮捕、勾留したのは違法である。」と主張する。〈証拠省略〉によれば、杉並警察署司法警察員警部補中川重行が同署の責任者として右事件の捜査を担当したこと、同署警察官が訴外口羽田郎、同鈴木正弥、同筒井一興、同渡辺敏雄の各供述を録取したこと、同人らは、本件メーデーに参加し皇居外苑広場附近での警察官との衝突の際負傷した多数の者が東京慈恵会医科大学附属東京病院で治療を受けた旨供述したこと、警察官菅原京七ほか二名が捜査の結果、原告の実弟である訴外高田登が本件メーデー当日宮城前広場で負傷して右病院で治療を受けたことが同病院の外来患者受付治療名簿により明らかになつたこと、また、原告は当時、右登と同居していて共産党の相当な活動家であり本件メーデーに参加して負傷したとの風評を聞知したこと、中川警部補は右各資科により原告もメーデーに参加し騒擾事件に関係したと判断して逮捕状の請求をなしたことが認められる。

〈証拠省略〉によれば、原告が逮捕された際被疑事実を告げられながら弁解することなく警察は敵だと言つたこと、原告を医師に診断させたところ原告が本件メーデー当日頃右撓骨部および右下腿内側に打撲傷を負つたと認められたこと、登については、右同日、前額部挫創のため外来治療した旨の前記東京病院の診断書を徴したこと、また、同署警察官が訴外保里義一の供述を録収したこと、同人は、原告が東大の哲学科の学生である旨、昭和二七年三月下旬ごろから登も原告と一緒に自分の家で下宿していた旨、原告が本件メーデー当日前後は外泊していた旨、同月六日ごろ下宿に帰つてきた旨、原告の書籍等からして下宿先では原告が学生運動をしていると思つていた旨、供述したこと、原告は取調官の質問に対しては黙秘して答えなかつたこと、また、差押捜索令状により原告の居室を捜索した結果、原告がいわゆる共産党の農村工作隊員として行動した記録とみられるメモを差押えたこと、中川警部補が、右各資料により原告がメーデー事件に関与した嫌疑があると考え、事件を検察庁に送致したこと、検察官が同一被疑事実により勾留状を請求して勾留したことが認められる。

右認定事実によれば、原告が弟登とともにメーデーに参加し騒擾事件に関与し負傷したとの嫌疑を受けてもやむを得ないところであるのみならず、原告は被疑事実につき黙秘するのみでなんらの弁解をしなかつたのであるから、担当係官が嫌疑十分との確信を抱いたとして当然のことである。したがつて、原告が騒擾助勢を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、かつ、刑事訴訟法第六〇条一項二、三号の勾留の要件を具備していると認められる。

三、原告は「拘禁中に司法警察員から殴る、蹴るなどの暴行を受けた。」と主張するが、右事実は本件全証拠によつても認めることができないし、また、右司法警察員と検察官との間に意思の連絡があつたと認めるに足りる証拠もない。

四、原告は「検察官が有罪判決を期待しうる合理的な根拠がないのに原告を騒擾助勢の被告人として起訴したのは違法である。」と主張する。〈証拠省略〉によると、検察官は本件事件の送致を受けた後、訴外五十嵐武次郎、同小泉角蔵の司法警察員に対する各供述調書(各一通)、司法巡査田中(旧姓古館)昭一作成の騒擾罪被疑者の言動についての築地警察署宛報告書、眼鏡商である訴外小森谷勝久作成の答申書および売上帳写、訴外田野倉直ほか三名、同五日市区警察署長、同野原正一ほか一名、各作成の捜査報告書(各一通)、原告の逮捕の際、同人の居室で差押えた「檜原村の経験から何を学ぶか」と題する一文、昭和二七年五月二二日、前記小泉方で差押えた山村工作隊の活動状況を記載した前掲のメモ、東大文学部長辻直四郎作成の回答書、の各証拠を収集し、また、訴外保里静子、同小泉角蔵の供述を録取したこと、右五十嵐武次郎の供述調書には、五十嵐武次郎が勾留され原告と同一の監房にいたこと、原告が同人に対して、本件メーデーには弟と参加して宮城前広場に行つたこと、弟が警棒で殴られて頭に負傷して帰つて来たので危いので他に逃したと話して聞かせた旨の記載があること、右小泉角蔵の供述調書には、同年四月初旬ごろから原告を合む四、五人の東大生が小泉角蔵方の農業を手伝いながら同人方に出入するようになつた旨、原告が同月二五日ごろ来宅した際、病気療養中の同人の三男徐正に対し、五月一日のメーデーに参加するので四月三〇日に出て行くから、同道すれば東大病院で無料でレントゲンを撮つてもらつてやると言つた旨、原告が同月三〇日は同人方に宿泊し、本件メーデー当日東京に出て行つた旨、また、同年五月三日ごろ来宅したとき、小泉がメーデー事件に関して尋ねたところ、原告が、あれほど大きくなるとは思わなかつた、あの騒ぎで弟は宮城前広場で警官に殴られて怪我をした、僕は眼が痛くなつて眼をつぶつているうちに眼鏡を落して八百円損した、と言つた旨、その際原告が新しい眼鏡をかけていた旨の記載があること、また、小泉角蔵が検察官に対しても同趣旨の供述をしたこと、右保里静子が検察官に対し、原告が昭和二六年五月末ごろから同人方に下宿している旨、原告が東大の哲学科の学生である旨供述したこと、右司法巡査田中昭一の捜査報告書には、司法巡査田中昭一が杉並警察署から移監されてきた原告の所持品検査をなし、眼鏡の提出を求めたところ、原告が、君達に預けると壊される、皇居前で壊されたので八百円で買つたばかりだと言つて眼鏡の提出をこばんだ旨の記載があること、右小森谷勝久の答申書には、右眼鏡は小森谷勝久が本件メーデー当日売却したのである旨の記載があること、前記捜査報告書には、原告が昭和二七年三月中旬ごろから東京都西多摩郡檜原村で共産党の山村工作隊として活動している旨、同年四月初旬ごろから同村字下元郷五二六四番地小泉角蔵方を右活動の連絡場所としていた旨、原告が右活動においてかなり重要な地位を占めていた旨の各記載があること、右辻直四郎の回答書には、原告が昭和二七年三月三一日付で東大文学部を退学した旨の記載があること、前記差押えられたメモには、原告の檜原村での工作の状況が詳細に記載されていること、「檜原村の経験から何を学ぶか」と題する一文には、原告がメーデー事件を肯定し、これを契機として学生運動を強化しなければならない旨記載されていること、原告が検察官に対し黙秘していたこと、原告がメーデーの騒擾事件に関係がなかつたと認めるべき資料は全く存しないこと、検察官が前掲各証拠を検討して、原告を起訴したことが認められる。

右事実によると、原告は反政府的思想を持ち大学を中途退学してその宣伝活動をなし警察官に対し敵意を有していること、原告が前記檜原村でいわゆる共産党の山村工作隊の一員として指導的な役割を果していたこと、原告がその思想活動の一端として本件メーデーに参加し、全学連傘下の学生の集団に入つて行動し、その集団が日比谷公園から日比谷交叉点を経て馬場先門から皇居外苑に侵入した際、原告も他の学生と行動をともにしたこと、警察官に対する敵意に燃えて警察官と衝突して乱闘に参加して仲間の勢いを高め自分も受傷し、警察官の催涙ガスを受けて眼鏡を失い、現場を離れたと推認できないこともないのみならず、かかる推認を打消すべき資料は全く存しないのである。したがつて、検察官が本件起訴するにつき有罪判決を受けられると考えたとしても無理のないところであり、合理的根拠を欠き過失があるということはできない。

三、原告は「検察官が訴追官憲に起訴にいたるまでの過程において前記各主張の違法な点があり、原告について騒擾助勢の有罪判決を得られないことを知りながら本件公訴を維持したのは違法である。」と主張する。

検察官は収集された証拠および公判での審理状況から判断して、公訴事実の同一性を害しない範囲内でいずれかの訴因で有罪判決を受け得る合理的な根拠が存在する以上、公訴を維持すべき責務を有する。前段認定のとおり原告が本件騒擾事件に関与し有罪判決を期待できないものでもなかつたのであり、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によれば、審理の状況により検察官が昭和三六年五月二五日の第二回公判期日において、原告に対する訴因を騒擾助勢から附和随行に変更したことが認められ、前段認定の証拠関係に徴すれば、検察官が同罪の公訴を維持できると考えたとしてもさして不当とも認められない。その他、原告が本件公訴を取消すべき事由として主張するところは前記認定に反し理由がない。

六、したがつて、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺一雄 菅原敏彦 北山元章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例